『蝶々夫人』の謎
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『オペラ・ティールーム』の掲示板で話題になったプッチーニのオペラ『蝶々夫人』に
ついてのさまざまな疑問や意見をピックアップしてまとめてみました。
投稿の日時が古いものから順に並んでいます。
皆さんがこの作品を見るときに参考になるといいなと思っています。
ご意見ご感想はメールフォームへどうぞ。
(著作権は各人に帰属します)
02/03/20(水)23:53:50 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1363】 タイトル[これから粗大ゴミを出しにいきます。(^^;)]
レオノーラ様
蝶々夫人、頑張って下さいね。
あれは、日本ではよく上演されるのに、最愛のオペラだと言う人が意外に少ないですね。
ご当地物って、点が辛くなってしまうのかも。
でも、プッチーニ最高の悲劇だと思います。
02/03/21(木)02:07:06 投稿者[レオノーラ]
- 【No.1366】 タイトル[蝶々さんは観客も歌い手も泣きます!!!]
- アムネリス様、バタフライって本当に観客は泣きます。
でもどんなに凄い演奏でも(逆の意味で)泣いているので、これはもう音楽が泣かせるんだろうと思います。
私はイタリアで歌う時にやっぱり言葉に神経を使います。
何を言っているか分かんないと、お客様も困ると思うし・・・(^^;;)。
初めて歌った頃は歌うのに必死で無我夢中でしたが、最近は感情移入しすぎるのをこらえるのが大変です。
- 泣くと歌えなくなるし、2幕、3幕はたーいへんです!
頑張って来ますね!
02/03/21(木)14:05:44 投稿者[Bowles]
- 【No.1369】 タイトル[今日のお昼はわが家特製キムチ・チャーハンと・・・ビール]
- いや、オペラってどれでもほとんど泣けますよね。
去年新国立劇場の養成所の終了公演で『カプレーティとモンテッキ』が
あったのですが、かなりひどいオケであったにもかかわらず、最後はしっ
かり鼻の奥がツンとしました。歳とってくると、別に人生がわかったから、
というわけではありませんが、たとえば『ウエスト・サイド物語』、二人
が体育館で出会うところで、もう泣けます、二人の最後を思って。ただ私、
ええかっこし〜なので(^^;;)、人前ではなんとか取り繕うのですが。
☆レオノーラさん
『蝶々夫人』、がんばりがいのある作品ですね〜。佐向さんもおっしゃっ
ているように、意外に好きという人が少ないようなのですが、私、このオ
ペラの長大な第2幕、大好きです。どんどん人間的に成長していく蝶々さん
というキャラクターも魅力的だし。実際の時間軸にほぼ忠実な時間の流れ
の中で、ほとんど心理劇ともいえる蝶々夫人を歌い、演じるのって、たい
へんなのでしょうね。あの曲を聴くと、プッチーニはまさしくマーラーの
同時代人・・・といつも思います。
一人で勝手に「諦観のテーマ」と名付けている、Sotto
il gran ponte del
cielo......のあたり、泣けますねぇ。
02/03/21(木)20:30:18 投稿者[びおれえた]
- 【No.1372】 タイトル[蝶々さん]
日本人のいちばん好きなオペラアリアは
「あ〜る晴れた日に〜」なんでしょう?
でもオペラとなると蝶々さんだという人が少ないのは
オペラ自体を見てない人が多いのか・・・
蝶々さんはとにかく音楽がすごいですよね。
すべての心理表現、状況までもがくまなく音楽に投影されていて
音の力をすごく感じるオペラです。
昔はそんなに好きじゃなかったんだけど、
今はやはり泣けます。
私はええかっこしいじゃないので
すぐ号泣しちゃうんですよ、Bowlesさん。
終わると人に会わないようにそそくさとトイレに駆け込みます。
02/03/21(木)22:03:55 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1373】 タイトル[お墓は遠くて]
『蝶々夫人』は私は頭の中で理想形を作ってしまっているのだと思います。
日本女性がヒロインだけに思い入れが強すぎるのですね。だから少しの違和感で「これは違
う」ってなっちゃうんでしょう。
でも、ポネル演出の蝶々さんは流石に違和感あり過ぎで、素晴らしい歌聞きながら、どうして
も笑いを堪えることが出来ないのです。
歌手にとっても、感情移入し過ぎて泣いてしまうオペラの筆頭かもしれませんね。
しんいちろう様
プッチーニ悪人説、面白いです!女を泣かすヤツは悪人に決まってますもの。(笑)
キザなロマンチストって、日本の男には非常に少ないけど、そんなのって生きるのしんどいわよ。
日本の女も(いや、大阪の女かな?)普段使いはシャイでダサイくらいがちょうどいいって
知ってるのよ。
キザ男は映画や舞台で楽しむものね。
だって、現実の日本の時空間では、サマになってりゃなってる程浮いちゃって、おかしくて
笑っちゃうじゃないですか。
02/03/21(木)23:04:46 投稿者[レオノーラ]
- 【No.1374】 タイトル[練習の合間に・・・。]
- イタリアで、イタリア人が「日本人ってこんな感じ」って思っているイメージが蝶々さんなんだと思うんです。今でもそう思っている人は少なくないと思いますよ。(うちの主人は思っていないと思うけど)
ですから基本は「そのイメージを壊さない!」でしょうね、やっぱり。
Bowles様のおっしゃるように「傍観のテーマ」(ピッタリ!)のところはきますねー。もう観客席からは鼻をすする音がこらえきれなくなるあたりでしょう。
あとは終幕に向けて・・・・凄い事になるのですよ。
3幕は一言一言で感情が移り変わって行くので難しいですが、変な言い方ですが面白い所です。
2幕はやっぱり一番難しいかも。スタミナ配分を考えながら、細かく表現する。
本当に遣り甲斐があります。毎回やる度に違う側面が見える感じで。
日本人には佐向様がおっしゃるように、ちょっとした違和感が気になってしまって、もう何がなんでも可哀相!って気持ちになれないんでしょうね。
でもいつも思うのは、やっぱりプッチーニの音楽には脱帽って事です。
もちろんヴェルディをやればヴェルディに、ドニゼッティにもべッリーニにもモーツァルトにも脱帽してしまいます。
そして幸せだなぁ・・・って感じるのです。
-
02/03/22(金)18:16:35 投稿者[マキアート]
- 【No.1382】 タイトル[蝶々夫人]
- ご無沙汰しています。
レオノーラさん、
「蝶々夫人」がんばってください。
私、このオペラはかなり好きです。
日本のメロディがけっこう出てきますしね。
若い頃、それなりに身をいれて聞きましたので、
「3幕は一言一言で感情が移り変わって行く」
というレオノーラさんの言葉、わかるような気がします。
プッチーニは長崎には来たことがないように
記憶していますが、
長崎のグラバー廷から見ると
細長い湾の向こう端は山で海が隠されていて、
船が入ってくる時には
あのアリアの歌詞のように
本当にその山陰からひょっこり、
と姿をあらわすのです。
恥ずかしいことながら、
私、グラバー廷のベンチで「蝶々夫人」全曲
聞いたことがあります。
ウォークマンの出始めの頃でした。
02/03/22(金)23:22:54 投稿者[星]
- 【No.1387】 タイトル[帽子のことなど]
マキアートさま
プッチーニはもちろん、原作の「蝶々夫人」の作者、ジョン・ルーサー・ロングも来日した
ことはありません。
しかし、ロングの姉は宣教師の妻として長崎に住んだことがあります。
蝶々夫人の物語は知り合いの商人から聞いた実話だそうです。
それを聞いたロングが作品に仕上げたのですね。
プッチーニはダヴィッド・ベラスコによって戯曲化された「蝶々夫人」の舞台を見てオペラ
化を思い立ったそうです。
しかし、プッチーニが見た舞台はロンドンでの公演で、英語による物だったはずなので、
本当にどこまで内容がわかっていたのか疑問だったと思うのですが・・・。(^^;)
アムネリスさま
プッチ−ニの自動車事故はちょうどその蝶々夫人の作曲が仕上げの段階に入った時のことでした。
いいかげん難航した作曲がそれでまた遅れることになってしまいました。
02/03/22(金)23:51:37 投稿者[アムネリス]
- 【No.1389】 タイトル[No-Title]
- 星さま
>プッチ−ニの自動車事故はちょうどその
>蝶々夫人の作曲が仕上げの段階に入った
>時のことでした。いいかげん難航した作曲が
>それでまた遅れることになってしまいました。
あ〜聞いたことあります。
骨折した足を引きずってまで練習に立ち会ったし 主演歌手らも感情移入したくらいのもので
最後の総練習は舞台裏からも盛大な拍手があったらしいですね
本人もスゴイ自信があったらしく家族を初日に呼んだらしいですね
しかし・・・・・
得体の知れない東洋の国という感じで始まって数分でブーが来たらしいでね・・・
それを改訂して やっと泣いてもらえるものになったとか・・・
02/03/23(土)00:55:44 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1392】 タイトル[『森の小部屋』]
★マキア−ト様
私、蝶々さんはあまりにも救いのない悲劇なので、辛いです。
キリスト教に改宗しても結局救われずに終わった蝶々さんは、最後には神の禁
じる自殺と言う手段しか残っていなかったのですもの。
彼女を無知だったと言う人がいますが、無知な女にあそこまでの覚悟はできる
物ではないと思っています。
改宗ということの意味がポイントになってくると思います。
すべてを捨てて愛したのに、すべてを(魂の救済まで)失った蝶々さん、哀れ
すぎます。
02/03/23(土)23:41:20 投稿者[星]
- 【No.1399】 タイトル[いろいろ]
ピンカートンがキザ男?
まあ、言い種だけ聞いていればそう思われても仕方ないのかも知れませんが。
ピンカートンについては、原作ではもっと悪意の人として描かれています。
オペラでも第一幕で遊び心からだとシャープレスに言って、たしなめられていますが。
アムネリスさま
「蝶々夫人」の初演の失敗は、馴染みのない舞台や音楽だけでなく、第2幕が長過ぎたという
こともあったようです。
その後、プッチーニはトスカニーニの意見を入れて、第2幕を2場に分割しました。
その他にもいろいろ手を加えてそれからは受け入れられたそうです。
蝶々さんはプッチーニが最も好きな主人公だったようです。
純情で哀れな女がお好きだったようですね。(^^;)
02/03/24(日)01:03:39 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1401】 タイトル[急にまた寒くなって・・・]
私が蝶々夫人で一番胸をつかれる思いを味わうのは、最後に子供に向かって
「小さな神様」と呼び、「天高き楽園より降りて来た私の坊や」と言うところです。
自分が天の高みから見守っていてあげるとは、彼女には言えないのですよね。
02/03/24(日)10:44:53 投稿者[Bowles]
- 【No.1404】 タイトル[桜の咲く季節は、実はあまり好きではありません(^^;)]
☆星さん
『蝶々夫人』、何年か前パウントニーの演出でBunkamuraがミラノ初演版を上演したことがあり
ますが、ご覧になりましたか? やはり決定的に第1幕が、特に結婚式のシーンが長くて退屈でした。
ドラマ性は現行のもののほうが勝っていますが、初演版の、いまいち旋律が盛り上がらないもどか
しさも、決して嫌いではありません。ちょっとマイナーな演奏者による全曲盤も出ています。
蝶々さんて、「純情で哀れな女」でしようか。第1幕はそうかもしれませんが、第2幕の彼女の
人間的な成長には目をみはるものがあると思います。こんなにはじめとおしまいで成長するヒロイン
って、そういないのでは?いつかも話題にしましたが、アラベラもそうですね。私は自分がダメ
な人間なので、こうした成長するヒロインに出会うと、それだけで感動してしまうのです。
ところで・・・
イタリアの人たちは45分以上の持続に耐えられないのかな・・・というのは半ば冗談、半ば本気。
サッカーって、いつごろからポピュラーになったのかまったく無知なのですが、イタリア映画って、
しっかり45分経過したあたりで「第一部終わり」「第2部はじまり」というタイトルが入っていま
したよね、ついこの間まで。ロッシーニの作品はブッファもセリアも、けっこう一幕が1時間以上の
ものもありますね。あれは歌舞伎と同じで、観客の、というか社会全体の時間感覚が現代のそれと
は違っていたということで説明がつくと思うのですが、ロッシーニとヴェルディの間で、一幕の長
さが極端に短くなるのは、やはり社会が変わったせいなのでしょうか。ロッシーニはまだ18世紀を
ひきずっていたということかな?
ベラスコといえば『西部の娘』もそうですね。プッチーニは英語がわかったと・・・思いたい(^^;)
02/03/24(日)15:59:01 投稿者[星]
- 【No.1405】 タイトル[花冷えの午後はミルクティーがいい。]
びおれえたさま、ルーナさま
桜といえば、大阪では造幣局の通り抜けですが、あれは普通の桜よりも濃い花色で、
ボテッとした品種が多く、それがライトに照らされると、もういけません。
下に何が埋まっていてもおかしくないような・・・(^^;)
できれば、場所柄、小判のほうが似合っているとは思うのですが。
しかし、ただ通り抜けるだけの花見にあれだけ多くの人が詰めかけるのは、やはり
それだけ濃厚な雰囲気があるからなのでしょうね。
「蝶々夫人」第2幕第1場で、「桜の枝を揺すり、はなびらを敷き詰めましょう」
とスズキに歌いかけますね。
花のしとねが最後には死の床になるという連想から、桜の花が血の匂いというのは、
妙に説得力があり過ぎて・・・(^^;)
Bowlesさま
さてさて、パウントニー演出のミラノ初演版は見ていないのです。(涙)
やはり、初演版では第1幕が長く感じられたのですね。
>蝶々さんて、「純情で哀れな女」でしようか。
あ〜あ、男の幻想を砕いてくれますねぇ。(笑)
落魄武家の少女が15で結婚した外人男に捨てられて自殺に至る・・・普通、これほど
純情な女も、哀れな話もないというのが一般的なのですがねぇ。
第二幕では確かに、第一幕の初心な感じより急激に成長して、大の男にも太刀打ちでき
る強さを身につけたように見えますね。
3年の苦労が彼女を成長させたとも思うのですが、いえ、もともとかなりしっかりした
女性だったのではないでしょうか?
挙式に先立って一人で改宗に踏み切っているのですから。
ところで、実は、プッチーニはどうやら英語はろくにわからなかったようですよ。
プッチーニが「蝶々夫人」の劇を見に行ったのは、コベント・ガーデンで「トスカ」の
舞台稽古に立ち合っている時、劇場支配人の薦めによるものでした。
演劇作品として1900年3月にニューヨークの劇場でブランシュ・バト主演で初演されて
空前の大ヒットを果たした「蝶々夫人」は6月にはもうロンドンに渡り、デューク・オ
ブ・ヨーク劇場でミラード主演で大当たりを取っていたのです。
科白もろくに理解できないのに、彼は大感激してベラスコの楽屋に押し掛けて感涙とと
もにべラスコに抱きつき、オペラ化の許可を求めたそうです。
どうも、プッチーニは相当感激症だったようですね。(笑)
ロッシーニとヴェルディ、なるほど、長さが一番大きな違いかも知れませんね。
ちょうどその頃、劇場も聴衆も大きく変わっていった頃でしたね。
その両方を楽しんでいる現代の聴衆も大したもんです。(^^)
02/03/24(日)19:19:32 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1407】 タイトル[虎馬飼育場]
ところで、蝶々夫人、1幕最後のピンカートンとの二重唱では蝶々さんがなかなかカンの
鋭いところを見せているとは思いませんか?
愛という言葉に死の影を感じたので言えなかったとか、蝶々さんと呼ばれたら、蝶々を針
で刺すという話(標本?)を持ち出したり・・・(^^;)
ロッシーニとヴェルディの上演時間の差は確かに大きいですね。
ちょうど照明の変化の時期にも当っていて、暗い客席で舞台にだけ集中していられる時間
が約45分くらいなのかも知れませんね。
ただ、オペラ座にガス灯が既に導入されて、客席が暗くなっていたはずの『ウィリアム・
テル』の長さをどう説明すべきか、やや悩むところです。
過渡期と考えるべきかも知れませんね。
『蝶々夫人』の劇としての初演は、確か当時最新鋭の電気照明による物でしたわね。
舞台効果は画期的な飛躍を遂げたのだと思います。
『蝶々夫人』の第1幕で道具類をピンカートンに見せる場面がありますが、その時なぜか
「さくら、さくら」のメロディーが流れています。
以前は日本の物品が出てくるからかと思っていたのですが、どうもそれだけではなさそう
ですね。
そこで父親の短刀も取り出すので、「武士=さくら」 の図式か、もしくは 蝶々さん自身
の死も暗示していたのでしょうか。
音楽的にも伏線が多いオペラですね。
最初は気づかずにいたものが、何度か聞くうちにひとつづつ謎が解けていくような面白さ
があります。気がつかなくても無意識のうちに影響されているのですが。
02/03/24(日)22:51:05 投稿者[ルーナ]
- 【No.1408】 タイトル[さくら]
佐向さん,星さん,Bowlesさん
蝶々さんはあまり真面目に見ていなくて,新鮮な話ばかりで驚いています.
桜が,結構複線で使われているんですね.桜はぱっと咲いて,潔く散るので
武士を象徴しているかもしれないですね.
桜と言う木は不思議ですね.明るく華やかにも見えるし,暗く陰惨にも見えます.
人の心のあり様でどのようにでも見えるのでしょうか.
02/03/25(月)00:20:40 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1411】 タイトル[いろいろ]
- ル−ナ様
そうでしょう?
たいていの日本人は筋はよく知ってるとたかくくってるんですよ。
でも、よくよく見ると(聞くと)、本当に興味深いオペラなのです。
「さくら」ひとつとっても、いろいろな読みが出来ますし、子供も私にとっては興味
ある対象です。
子供が金髪で碧眼だというのも、遺伝的には稀なはずですが、そのために蝶々さんは
子供の未来には明るい希望が持てるのですね。
改宗したはずのキリスト教は蝶々さんを見捨てるのですが、子供は神の恩寵を受けら
れると信じているから終幕のあの言葉が出てくるのですわね。
私には男に捨てられたことよりも、神に救われなかったことのほうが哀れに思えるのです。
遠藤周作の『沈黙』をいつもだぶらせてしまいます。
02/03/25(月)12:55:08 投稿者[星]
- 【No.1416】 タイトル[また少し暖かくなってきたような・・・。]
佐向さま
蝶々さんがシャープレスに子供を見せる場面がありますね。
そこで、蝶々さんは子供の名前を聞かれて、
「今はDolore(嘆き)。でも、彼が帰ってきたらGioia(喜び)になるのです。」
と答えます。
これは、少々唐突にも感じられるのですが、欧米にも改名の例がないわけではないしと思っていました。
ところが、念のため基になったベラスコの戯曲のほうを調べてみると、
「日本の子供は何度も名前を変えます」と書かれているのです。(^^;)
どうしてまたこんなことが書かれたのか・・・
ベラスコは戯曲化する時にあまり知られていなかった日本事情については自信がなかったため、
原作者のロングに協力を仰いだ話は有名です。
もしかしたら、その時に誤解か手違いでもあってこんなことが書かれてしまったのでしょうか。
お役所の戸籍係が聞いたら、怒髪天を突くかも知れないと恐れています。(笑)
02/03/25(月)16:38:32 投稿者[キタロウ]
- 【No.1418】 タイトル[蝶々さんの子供の改名について]
- ご無沙汰してしまいました。
蝶々夫人論、面白く読んでいます。
星さん、子供の名前の件ですが・・・武家の男の子は元服すると名前が変わる
ので、それを言っているのではないでしょうか。幼名が二度三度と変わった例
もあります。
それとも、チャチャさんのおっしゃるようにニックネームのようなものかもし
れませんね。
あのオペラは明治になって間もない頃の時代設定なのでしょうか?
02/03/25(月)20:55:43 投稿者[しんいちろう]
- 【No.1421】 タイトル[ツッパリはどこに行ったんでしょうね?]
『蝶々夫人』、のお話、すごく勉強になります。
あの登場人物の中では、ぼくはヤマドリという人物が気になっています。
舞台では、よく志村けんのバカ殿みたいなメークで出てきたりして、ロクな扱いを受けてないような気がしますが、
- あの人は本来は非常にジェントルマンなんじゃないかという気がいつもするんですよね。
もうちょっとちゃんとした扱いをしてあげてもらいたいですね。(笑)
02/03/25(月)23:08:04 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1423】 タイトル[いろいろ]
星様
子供の名前ですか。
ロング氏の妹のコレル夫人は夫と一緒に中国に赴任するはずだったのですが、途中で病気になっ
て着任先を日本に変えたそうです。それが1886年(明治19年)。
夫のアーヴィン・コレルは最初横浜に赴任後、長崎の鎮西学館の5代目の校長に就任して、長崎
に暮らしたそうです。
ロングにいろいろな長崎の話をしたのは、コレル夫人が一時期国でアメリカに帰った時だそうです。
その時、蝶々さんのモデルになった芸者の話もその時に伝えられたようです。
夫人が話したものは実話だったそうですが、アメリカの海軍士官ではなく、ロシアの海軍士官に
捨てられた女の話で、私はなぜアメリカの士官に変わったのかも興味があります。
一応、二枚目役だから、自国の士官としたかっただけかも知れませんが・・・
02/04/02(火)19:26:42 投稿者[ルーナ]
- 【No.1520】 タイトル[今日は名古屋も暖かかったです.]
昨日はスカラの林康子さんとドヴォルスキーの蝶々さんを予習していたのですが,
何度も見ていたはずなのに,いいかげんにしか見ていなかったのか,
結構新鮮でした.ピンカートンに無性に腹が立ってきたりして…
02/04/02(火)21:15:49 投稿者[びおれえた]
- 【No.1521】 タイトル[昨日は]
ルーナさん
ピンカートンにお腹立ちですか?
私はいつも蝶々さんを見ると、そりゃやむを得ないわなーと思ってしまうんです。
彼女が信じて待って裏切られたのはかわいそうだけど、信じた分だけ幸せでもあったわけで・・・
愛と現実は常に一致しないんだろうな、と半分諦観した気分になってしまう・・・
もちろん泣けちゃうんですが、複雑な気分にはなりますね。
02/04/03(水)10:58:27 投稿者[アムネリス]
- 【No.1528】 タイトル[No-Title]
私はピンカートン 大嫌いです!
3年間ほったらかしにしといて『あなたは私のことなんて忘れたでしょうね〜』という手紙を送るし、
揚げ句に『子供はちょうだい』とか?
『女の腐ったようなやつ』という言葉がありますが
実際的に腐ったやつって男が多いと思いませんか??
ピンカートン、マントゥバ公爵、ポリオーネとか・・・・・
新しい言葉として『男の腐ったようなやつ』という言葉はどうでしょう??(笑)
02/04/04(木)12:05:02 投稿者[ルーナ]
- 【No.1532】 タイトル[いま搭乗待ちです.]
ところで,亀レスですが,ピンカートンに腹を立てたのは,その頃の日本の契約のいいかげんさを
使って,日本の女性を騙したような感じだったからで,ちょっと微妙かもしれないです.
02/04/04(木)13:00:18 投稿者[エスプレッソ]
- 【No.1533】 タイトル[ピンカートンは重婚罪に問われないのか..]
ところでピンカートンですが、蝶々さんと日本で正式に結婚しているのですからケイトとの結婚は「重婚罪」で充分訴えることができるのではないでしょうか...「ジェーン・エア」のロチェスターも重婚に問われないよう、狂った女房を座敷牢(?)に隠していたのだし(そうでしたよね?)。ピンカートンが蝶々さんが生きているのにケイトと結婚するのは当時のアメリカの法律でも重婚罪にならないのか...どなたかお詳しい方ご解説をお願いします(^^)。
02/04/04(木)16:22:30 投稿者[星]
- 【No.1534】 タイトル[ティータイムに]
ピンカートン、いろいろ問題の多い人物ですね。(笑)
エスプレッソさま、蝶々さんとの結婚が正式なものだったかどうかがポイント
ではないかと思います。
当時の日本でも、婚姻届を出さないと正式の結婚とは認めてもらえなかったは
ずです。
第1幕で領事が、信じきっているのに騙すのはむごいと意見していますから、
ちゃんと結婚届を出したとは思えません。
そもそも、未成年ですから、家長または後見人の承諾が必要なのではないで
しょうか?
父も亡くなり、親戚一同から勘当された蝶々さんの婚姻届に署名する人はいな
かったでしょう。
おまけに、結婚式は教会でではなく、神式で執り行われていましたから、教会
記録から結婚証明書を取ることもできません。
重婚罪で訴えるのは勝ち目がありませんね。(^^;)
まったく、ピンカートンはひどい奴です。
でも、私は息子が私生児として生まれているのが気になります。
認知されるのでしょうか?
それとも養子として引き取るのでしょうか?
どちらにしても前途多難な人生になりそうですね。
02/04/04(木)22:29:39 投稿者[エスプレッソ]
- 【No.1535】 タイトル[やっぱりピンカートンには共感できませんね...(^^)]
★星さん
そうでしたか、式そのものが”正式”なものではなかった、と聞くと、蝶々さんって一層哀れですね。
この作品はあまり好きじゃなかったので適当にすませていたのですが、今、改めてリブレットを読みかえしてみたら、読むほどにピンカートンがヤな男にうつります(^^;)。ピンカートンは第1幕で以下のようなことをぬけぬけと言っているのですね。
「この国では家でも契約でも自分の思う通りなのですよ」
「わたしも日本流に999年の間結婚します。いつでも自由にできるという条件で」
「私がアメリカの女性と本当の結婚をする日のために」←乾杯の時
でも神主さんがきちっと式をとり行い、集まった親類縁者も結婚を「認識」したのに(ボンゾが現れるのは式の後)、登録がなされなかったというのが命取りでしたか。夫が実は植民地でかつて現地人と結婚していた(たとえ本人は遊び気分だろうと)ことが暴かれて新しい結婚が無効になる、というような小説をいくつか読んだような気がするので、「これだ!(笑)」と思ったのですが、残念!(笑)
日本の契約など無効(!)とはなから軽視していたピンカートン、当時の日本の国際的な地位がうかがえて悔しいような、といったところですね。
02/04/05(金)00:10:11 投稿者[アムネリス]
- 【No.1537】 タイトル[No-Title]
- 『蝶々夫人』ピンカートンに腹が立つのは前からですが
今日 歌詞を見ながら聞いてると出てくる全員に腹が立ってきました。
シャープレスの手紙のシーンなどで『この頭のおかしな女』とか・・・・
心底カレを愛しているというのに可哀相ですね・・・
02/04/05(金)03:51:56 投稿者[びおれえた]
- 【No.1538】 タイトル[そんな、みんなで責めないで]
- みんなしてピンカートンに冷たいので
なんだか弁護したくなってきた。
だって日本なんてわけのわからない極東の、
さらにわけのわからない土地に来て、
しかも「女はいらんかね」と紹介してくれる人がいて、
案外安くて、従順そうで、若くていい子だったから
断る理由なんてないじゃないですか?
僕だって独り身で寂しかったし・・・
親戚と縁切ったみたいでそりゃ悪かったとは思うけど、
彼女だって僕のことなんてすぐに忘れて
別の男と一緒になってると思ったんだよねー。
21世紀と違って、当時はメールもなかったし、
ろくに通信手段もないわけだし、
3ヶ月や半年で忘れてると思ったわけさ。
ってな感じでしょうかね、彼の言い分としては。
なんで私が弁護しなきゃいけないんだか・・・
02/04/05(金)10:32:24 投稿者[星]
- 【No.1540】 タイトル[ピンカートンは悪人か?]
「ピンカートン大嫌いの会」のみなさま
当時の日本の国際的地位はまだまだ低かったのは確かですね。
日清戦争に勝ってやっと少し認められるようになる直前の時代だったのです。
原作ではピンカートンはもっと悪人で、後悔さえしません。
しかし、オペラではそこまで後進国への尊大な態度は見せていません。
まだ15歳とはいえ、芸者として紅灯に連なった女性ということで、そこまで本気になっているとは考えもしなかったと言うのがピ
- ンカートンの主張になるでしょう。
そして、当時、日本だけでなく、欧米でもそれが世間一般の常識でした。
米国はまだまだモラルの厳しい社会で、質実剛健な清教徒的気風もあり、そういう風土の中で育ったピンカートンは、日本に赴
- 任してふと羽目をはずしたくなっただけでしょう。
ゴローはシャープレスに
- 「(蝶々さんをピンカートンに)ほんの僅かの金で世話した。お望みなら領事さんにも同じような娘をお世話しようか」
- と言っています。
同じ19世紀も終わりの頃のモーパッサンの「脂肪の塊」、ここでも、娼婦と言うものがどう見られていたかがわかりますね。
また、椿姫は1850年代頃の設定ですが、ヴィスコンティは世紀末のベルエポックの時代に移して受け入れられています。
パパ・ジェルモンを悪人と言う人は多いのですが、それはやはり今の時代の感覚から見てのことで、本来、ジェルモンはやや保
- 守的ではあってもごく一般的な常識ある地方の名士でしょう。
心情的には同情しながらも、賎しむべき階層のヴィオレッタを真に娘として抱くことには抵抗を覚えるのですね。(第2幕)
当時、椿姫のオペラや劇に拍手するのは、中産階級以上の保守的階層の婦人にとっては、かなり抵抗があったと思われます。
日本でも、若い頃の悪所通いは一時の麻疹のようなものとして捉えられていた時代ですが、まだしもそこまでの嫌悪感はなく、一
- 般の婦人にも必要悪程度に受け止められていたのではないでしょうか?
この厳しさの違いは宗教的なものもあるのではないかと思っています。
02/04/05(金)11:28:56 投稿者[アムネリス]
- 【No.1541】 タイトル[No-Title]
- 星さま
『ピンカートン大嫌いの会』の会員でございます。(笑)
時代が変われば感覚が変わるのもわかりますが、やはりね〜
『1人の女に子供を産ませておいて棄てる』
この行為は許せませんね・・・・
『遊びで子供を殺すのも、遊びで子供を作るのも同じ』
という言葉を聞きましたが そのとおりではないでしょうか??
時代どうこうではなく人間として問題があるような・・・・
そりゃ 遊郭にいただろう蝶々さんですがそれも立派な仕事ではないでしょうか?
商売とは『売る側』と『買う側』の両方がいて成立するのですから
『売る側』の蝶々さんが『悪』で『買う側』のピンカートン(男たち)は『善』。
だから元売春婦の奥さんは棄てても良い、とはなりませんよね・・・・・・
どうでしょう? 『ピンカートン大嫌いの会』のみなさん?
02/04/05(金)15:13:37
投稿者[ルーナ]
- 【No.1544】 タイトル[蝶々さん観てきました.(^^)]
蝶々さんのダニエラ・デッシーは,姿も声もかわいくて,蝶々さんそのもので,
とてもすばらしかったのですが,最後の倒れる所が,仰向けで,やっぱり
うつぶせに倒れて欲しかった…ピンカートンのファッビオ・アルミリアートは
綺麗な声なのですが,声に迫力と言うか,今一つ芯のような物がなく,
歌自体が単調で,ちょっとがっかりでした.スズキのジェイン・バネルが好演でした.
全体には迫力に欠ける舞台でしたが,鼻風邪と時差ぼけで集中力が欠けていたせいかもしれません…
ピンカートン,メトでも不評で,後ろのアメリカ人の二人組みも「悪い奴だ.。。」
おまけに,アルミリアートのカーテンコールではブーまで出る始末…
ブーを出すような歌でも役でもないので,ピンカートンに対するものかも…
そう言えば,悪い奴だと行っていた後ろの女性もブーを出していました.
舞台はオーソドックスで,いつもの蝶々さんの舞台で,綺麗だけれど,スカラの浅利慶太の
舞台のほうが衝撃的で良いですね.
02/04/05(金)15:20:23
投稿者[マンドリカ]
- 【No.1545】 タイトル[ピンカ−トンの謎]
- 蝶々さん、どうみてもおかしなことは、ボンゾーがなぜ蝶々さんの改宗をあんなに早く知った
のかということですね。
まあ、時間がかかってたら第2幕になってしまうから、しようがないとは思いますが…
結婚式の直前に、彼女は「昨日私はただひとり〜」と改宗したことを歌っています。
それをせめて「1週間前に私はただひとり〜」だったら、ははん、誰かに教会に行くところを
見られて噂にでもなったのだろうと思えるのですが…(^^;;
さらに問題は、そう聞いているのにピンカートンは教会でではなく神式で挙式することですね。
これは、最初から騙してやろうという意図のような気がします。
米国では当時、教会の結婚証明書が物を言ったと思うんですが…
神官の前でなにやら書いているんですが、立会人はサインしてないし、だいたい国際結婚がそ
んな簡単なものじゃないだろうしと、…う〜ん、悩みますね。
あれは何だったんだろう???
まあ、作者が日本の戸籍法知ってたとは思えないけど。(^^;;
でも、少なくとも結婚したと言う証言をしてくれそうな参列者は、ボンゾーの告発のせいで最
後には皆背を向けてしまうので、この第1幕の改宗の件は重要な事柄のような気がします。
結婚式についてはピンカートンはおままごとの一環くらいにしか思ってなかったとも考えるの
ですが…
考えてみれば、家に仏壇があり、神式で結婚式をあげ、キリスト教に改宗しているって、これ
はいったいどういうことなのかと思いませんか?
僕もマサイ族の結婚の盃を余興だと思って飲んでしまうかも知れないけど…(^^;;
そういえば、現代でもタイのご婦人に重婚罪で訴えられてた日本男性がいたような…これは
絶対、確信犯だと思うな。
02/04/05(金)15:54:38
投稿者[エスプレッソ]
- 【No.1547】 タイトル[ピンカートン君 続編(^^)ほか]
★びおれえたさん、★星さん、★アムネリスさん
私がピンカートンにこだわるのはちょっと視点が違うようです...(笑)。
ピンカートンが芸者をつかまえようが、勝手に子供をはらませ(て捨て)ようが、そういうことは「港々に女あり」で、(特に当時においては)別に珍しいことではないでしょう。ねえ、びおれえたさん(笑)。
でもそういう男たちも「結婚式」という領域にまではなかなか踏み込まないんじゃないかなぁ、むしろそういう場合「結婚」と言われたら男は逃げる(!)のが普通です(笑)。結婚式は厳粛な宗教儀式であり、異国の宗教であろうと、神の前で誓うということの重みを良識あるキリスト教徒(いや文明人)だったら知っている筈です(特に当時は今よりも一般的なモラル意識は高いですし)。
ところがこのピンカートン君は、神主さんの前で執り行われたその式のもつ重み(その後登録の届出を出そうが出すまいが関係なく)を全く自覚せず、こんなものは「無効」であるとうそぶき、軽薄な遊びにしている!これは(他の)宗教や文化に対する冒涜だぁ!(爆)!と、居心地悪くなるのです(ま、これは帝国主義、植民地主義真っ盛りの時代の話ではありますが)。でも、例えばイスラム圏に行って遊び半分で現地人と現地で結婚式をあげちゃったりしたら、どうなります??!!南洋の島で酋長の娘と結婚式をあげて逃げちゃったらどうなります??!!(爆)
ホーンブロワ艦長(時代はちょっと違いますが)でも、部下が寄港地で女遊びをするのにいちいち目くじら立てないでしょうが、現地のしきたりに則って「結婚式」まで上げてしまったら、その部下の責任を問題にするんじゃないかなあ、なんて思ってしまいます(笑)。それにホーンブロワだったら登録届をしてなかったと知ったら今度はその男のモラルの欠如を咎めるに違いない(笑)。
しかもピンカートン君は3年後に蝶々さんとの子供を引き取るために”実質的に重婚”妻ケイトを連れて来る(!)、どういう神経しているのか...なんて(笑)
★マンドリカさん、蝶々さんが改宗して、ということはあの「結婚式」の時点で二人ともキリスト教徒、なのに神前結婚式...でも現代の日本人カップルが共に仏教徒(もしくは無信教)にも関わらずキリスト教会でキリスト教式の結婚式を挙げたりしてますし...(^^;)
02/04/05(金)19:41:43 投稿者[びおれえた]
- 【No.1549】 タイトル[確かに・・・]
- 蝶々さんに関する星さんとエスプレッソさんのご意見、ごもっとも・・・
でもねー、きっと当時の日本のわけの分からない宗教なんて、
彼らから見れば冒涜してもなんてことないものなんでしょう。
そのへん、確かに見ていて違和感あるけど、
私自身、たとえばキリスト教や他の宗教に対して
どう接していいかわからないので
「深くは触れずにいる」という態度をとっています。
日本における当時の宗教の重みは、同じ国の私たちでさえ
今となってはわからない・・・
神仏ごちゃごちゃだし、そもそも蝶々さん自身、改宗ということに対して
どの程度の重みをもっていたのか・・・
「彼のことが好きだから、彼好みになろう」という程度だったかもしれません。
ピンカートン自身、それほど自分の宗教に対しても
敬虔ではなかったのではないでしょうか。
だから人の宗教なんてたいしたことはない、と・・・
しかも世界のはずれの地だもんさってなことで。
今ならいろいろ情報があるから、他人との違いを認めましょう、というのが
建前上正しいことになっていますが、
当時はもっとあからさまだっただろうし、
だからといって蔑視しているという意識も作者たちにはなかったんでしょうね。
でも3年待ってる日本の女、というのはある種の衝撃だったかも。
「妻にするなら日本人」というのは、そのあたりから来ているんでしょうか。
夫の言いなりになって耐えて忍んでけなげで・・・
なんだ、これって、私が今男性に求めているものと同じだわ、なんて
思ったりもするので責めることはできませんが・・・
02/04/06(土)00:01:31 投稿者[エスプレッソ]
- 【No.1550】 タイトル[無題]
びおれえたさん
ピンカートンの自国文化優越意識丸出し、それ以外は理解しよう、
敬意を払おう、などという気など更々ないという、典型がそこに
現れているので私はこの男のキャラクタに共感できないのです。
今でもいますが、ピンカートンたちが(^^')。
でもそういうピンカートンに蝶々さんが何故惹かれたのでしょうねえ。
尤も最初は好きでもなんでもなかったのが、15歳の芸者で、この白い
異国の立派そうな人が安定した生活を与えてくれるに違いない→
私この人好き→この人愛してる→私たちは幸せ、と彼女の側だけで
一方的に進行してしまって...ということなのかもしれませんねぇ。
ルーナさん
ご無事で何よりです。ところでそのキャラクタが憎まれ役だから
という理由で(?)ピンカートン役のテノールまでブーイング(あはは)
って(アムネリスさんも触れておられましたが)可笑しいです。
02/04/06(土)03:52:43 投稿者[びおれえた]
- 【No.1551】 タイトル[男の身勝手]
- エスプレッソさん
わかります、わかります。
でもけっこういい男がピンカートンをやってたりすると
なぜか私も気分は蝶々さんになってしまうんですよね。
女の浅はかさってやつでしょう。
今の時代はともかく、蝶々さんの心の動きは
エスプレッソさんのおっしゃるとおりでしょうね。
そこにきっとプラス見た目のセックスアピールもあったのでは?
15歳と侮ってはいけません。
女の性(さが)っていうやつは若くても働いています。
この人に添おうと思った時点で、それを愛だと思いこめる当時の
女性の特殊性もあるかもしれません。
愛という観念がもうすでに一般に膾炙していたかどうかわかりませんが。
今の時代なら、
こういう男の身勝手さを許すのは女の罪でしょう。
まあ、でも個人的な範疇でもたくさんいますよね、こういう男。
神様、私の罪をお許しください。懺悔懺悔。
02/04/06(土)07:26:37 投稿者[星]
- 【No.1552】 タイトル[妻のお好み]
エスプレッソさま
>ピンカートンが芸者をつかまえようが、勝手に子供をはらませ(て捨て)ようが、そういうことは「港々に女あり」で、
妻にバカ受けでしたよ。そういう人が理想なのだそうです。
絶対に私の妻には声をかけてはいけませんよ。
決闘してもエスプレッソさまには勝てそうにないので。(笑)
>これは(他の)宗教や文化に対する冒涜だぁ!(爆)
そうなのです。一神教とはそういうものです。
他の唯一神には敵対し、ゆるやかな多神教、自然神は蔑視、それが基本路線です。
だからこそ、唯一神なのですよ。
そうそう他の神を認めては、やっていけません。
「唯一神」が複数いる(これもおかしな日本語ですが)と言うのも問題ですが、
その唯一神にしてやられるおっとり派の神々も・・・。(^^;)
でも、今、「打倒帝国主義!」とピンカートンに叫んでもねえ・・・。(笑)
ルーナさま
私は何だかMETの観客が可愛くなってきました。
TVの悪役に石を投げる子供のようで。(^^;)
マンドリカさま
>結婚式についてはピンカートンはおままごとの一環くらいにしか思ってなかったとも考えるのですが…
私もそう思います。
実は、昔は祇園の舞妓が初めて旦那を取る時、その床入り前におかみのさしがねで
三三九度の盃を交わすのですよ。
もちろん旦那の方は結婚なんかするつもりはさらさらありません。
02/04/07(日)00:37:59 投稿者[ダリボルカ]
- 【No.1559】 タイトル[RE:藤村実穂子さんのHP(Res#1553)]
「蝶々夫人」ピンカートン論争、楽しく拝見してました。
プッチーニは( 台本において)ピンカートンを美化せず、そしてヴェルディもマントヴァ公を美化しなかった。
- それでいて、彼らに素晴らしい旋律を贈り、かつ歌いこなすに当たって、きわめて高い困難なハードルを設けた。
ぼくが一番興味をそそられるのは、その事実です。
実演で素晴らしいピンカートンを一度も体験していないので、よけい憧れますね。
( パヴァロッティ&フレーニの録音は超がつくほど大好きです )
02/04/07(日)16:51:22 投稿者[ルーナ]
- 【No.1563】 タイトル[コンサートおめでとうございます.]
ところで,蝶々さんのピンカートンですが,オペラに出てくる他の悪役は
女性に執ように言い寄ったり,策略を用いたりするけれども,なぜか愛せるのですが,
ヤーゴだって,嫌いにはならないのですが,ピンカートンは確信犯…おまけに日本人の
感情が入ってしまうので,つい感情的になりますね.困ったもんです.
02/04/08(月)01:52:21 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1571】 タイトル[サマータイムです。(^^;)]
ルーナ様
ピンカートン、損な役ですね。
シャープレスはいい人っぽい役作りが可能ですが、ピンカートンは胸掻きむ
しって後悔してみせてもダメですよね。
それに、この頃では蝶々さんの死で幕という演出が多いようです。
02/04/11(木)13:23:26 投稿者[佐向ともえ]
- 【No.1614】 タイトル[昼下がりに]
びおれえた様
トゥリドゥって、とても身勝手ですよね。
ピンカ−トンに匹敵するくらい。
私にはこの二人、一時も相手を愛していたとは思えないのです。
道具として利用したというか、気紛れにつまんだというか・・・
ただ、ピンカートンは死なないで、トゥリドゥは死んでしまうので、
まだ受け入れやすいです。
02/04/25(木)18:44:50 投稿者[しんいちろう]
- 【No.1793】 タイトル[No-Title]
トゥーランドットの皆さんのお話おもしろいですね。
そういえば、三枝成彰さんの新作オペラは、『ジュニア・バタフライ』といって、『蝶々夫人』の続編なのだそうですね。
- あのオペラの最後でトコトコっと出てきて、観客の涙を誘ったあのかわいい坊やが主人公なのだそうです。
なんとなく気持ちはわかりますね、ハリウッド映画じゃないけど、パート2が作りたくなるようにできてるんですわ、プッちゃんのオペラは。
しかし、やめてほしいような気も強くしますね。(笑)それだけは。
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